2008年移籍市場
07年に広島がまさかの降格。ストヤノフ、槙野、柏木、森崎兄弟、佐藤寿人などタレント陣の移籍の噂があったものの、移籍したのは駒野とウェズレイのみ。反則級なチーム&タレントを擁してJ2へと殴り込んできた。
浦和、G大阪が大型補強を敢行した一方、J2では山形がU-23日本代表のFW豊田に加え、柏から長谷川悠を獲得。監督には小林伸二氏を招聘し、昇格候補として堂々と名乗りを挙げた。
【セレッソ大阪】
古橋のみならず、香川、森島といった若手選手の去就にも注目が集まったが、放出は吉田、ゼ・カルロスのみに留めることに。ただ主力の慰留が中心だったということもあり、戦力の上積みというより、あくまで補充という形に。
2列目、FW陣の世代交代は成功した2007年シーズン。それでもDF陣、そして3列目は選手層以外にも不安要素が多く、J1昇格に向けては不安材料として挙げられていた。
計算出来るSBが右の柳沢、左の尾亦を除くと丹羽のみ。前線が充実している分、3列目とDFラインのバックアップがひ弱過ぎる不安材料を持ったまま、J1昇格大本命の広島に挑むこととなった。
PRESIDENT 出原 弘之
ヤンマーエネルギーシステム常務取締役営業部長から2004年に就任し、任期満了に伴い退任。課題だったハード面の課題はもちろん、経営面での課題も解消出来ず、最後(?)の締めとしてはカルビ監督。詳しくは【セレッソ 長居第2 囲む】で検索してね。
NEW PRESIDENT 藤田 信良
ヤンマー(株)コミュニケーション推進部部長より就任。
IN
GK 丹野 研太→V・ファーレン長崎(Loan Back)
全社、全地を終えて復帰。天皇杯では3試合に出場。
GK 鈴木 正人→徳島ヴォルティス(Loan Back)
ダヴィの一件はあったものの、徳島では22試合に出場。相澤、山本での競争となる。
GK 相澤 貴志→川崎フロンターレ(Loan)
川島永嗣加入までは川崎の正GK。加入時は正GKの最右翼。
DF 尾亦 弘友希→湘南ベルマーレ
左利きのサイドバックが補強ポイントのチーム。1つの目玉として獲得したクロッサー。
MF 黒木 聖仁→日章学園高校
中盤プレーヤーの若返り方針の1人として獲得。CHの若手が補強ポイントだっただけに、1年目からサテライトでも出場機会を掴める編成だった。
FW カレカ→ザスパ草津
07年の草津戦での活躍に目が留まり獲得。小松、古橋、カレカ、柿谷のうち誰かで2トップを形成する形になった。
FW 白谷 建人→国見高校
国見高校出身、福岡との争奪戦の末による獲得と、この経歴だけで大久保嘉人2世と期待された。キャンプ時点でもクルピから高い評価を受けていた。
OUT
GK ジウバーニ→契約満了
出場機会もなく退団。ただサテライトリーグでは起用されていたので、3rdGKという立ち位置ではあった。
DF 尾亦 弘友希→湘南ベルマーレ
左利きのサイドバックが補強ポイントのチーム。1つの目玉として獲得したクロッサー。
MF 黒木 聖仁→日章学園高校
中盤プレーヤーの若返り方針の1人として獲得。CHの若手が補強ポイントだっただけに、1年目からサテライトでも出場機会を掴める編成だった。
FW カレカ→ザスパ草津
07年の草津戦での活躍に目が留まり獲得。小松、古橋、カレカ、柿谷のうち誰かで2トップを形成する形になった。
FW 白谷 建人→国見高校
国見高校出身、福岡との争奪戦の末による獲得と、この経歴だけで大久保嘉人2世と期待された。キャンプ時点でもクルピから高い評価を受けていた。
OUT
GK ジウバーニ→契約満了
出場機会もなく退団。ただサテライトリーグでは起用されていたので、3rdGKという立ち位置ではあった。
GK 吉田 宗弘→アビスパ福岡
05年のベストイレブンプレーヤーも、クルピからの信頼は薄かった。移籍後の福岡、町田でもセレッソ同様に正GKとして活躍し現役引退。町田、G大阪、京都とGKコーチとしての経験を積み、現在は岡山に所属している。いつか帰って来て欲しい貢献者。
GK 多田 大介→愛媛FC
2003年には下川から正GKの座を奪うも、04年は伊藤、翌年は吉田と常に実績のある選手が加入し、07年は4thまで序列が下がっていた。若手のGKが育たない環境にかなり危機感を持つ要因ではあった。
DF 宮本 卓也→モンテディオ山形
マルチプレーヤーとして重宝されていた反面、攻撃面を考えるとボランチ、サイドバックでは物足りなさを感じていたクルピ。終盤戦は出場機会を失い小林伸二監督に引き抜かれる形で移籍。山形移籍後はJ1昇格及びJ1定着に大きく貢献し福岡へ。2014年からはセレッソ大阪サッカースクールコーチに。現在は和歌山のエリートコースを担当。徐々に好成績を残しているだけに、そろそろ全国での好成績も期待したいところ。
DF 山崎 哲也→大分トリニータ
いぶし銀そのものだったDF。08年大分へ復帰し、同年現役引退。コーチとしてのキャリアを積み、2013年には大分U-18監督に就任。大分U-18初のプレミア昇格を果たすなど、育成年代で結果を残し続けている。
MF ゼ・カルロス→ボタフォゴFR
チーム歴代ブラジル人の中でも5本の指に入るであろう、愛されブラジリアン。精度の高いボールを蹴るも、3バックのウイングバック以外だとポジショニングがメチャクチャになってしまうなど、雑さが目立ってしまった。
MF 堂柿 龍一→関西学院大学
06年シーズンのルーキーであったテクニシャンも、2年のプロ生活を終えて関学大へ復学。
FW 苔口 卓也→ジェフユナイテッド千葉・市原(Loan)
クルピ体制で出番を失ったU-23日本代表の快速アタッカー。クルピ体制では出場機会が無いこと、また北京五輪へのアピールの為、主力の大量流出、フロントのゴタゴタと、降格間違いなしと呼ばれていた千葉へローン移籍することとなった。

2008年夏移籍市場
推定3億円の移籍金で千葉からG大阪に移籍した水本裕貴が、出場機会を得る為に京都サンガF.Cへ完全移籍。京都は清水からフェルナンジーニョも獲得するなど、オフの移籍市場同様に、積極補強に動いた。
J2では序盤から広島が独走。その後を山形、仙台、セレッソが追い湘南、鳥栖もじわじわと追い上げる展開となっていた。一方で降格組の甲府と横浜FCは、最後までチーム状況が向上せず、昇格争いに絡むことは無かった。【セレッソ大阪】
期待していた左SBの尾亦が第4節の仙台戦で全治2カ月の負傷、復帰明けの夏場にはアキレス腱断裂の大怪我。その他にも柳沢、江添、羽田、濱田、ジェルマーノ、古橋など負傷離脱が相次ぎ、むしろ元気だったのが労基に引っかかるレベルで試合に出ていた香川真司だけなんじゃないのか?というほどの野戦病院化となっていた。
大型連勝もあれば連敗もありなど、昇格争いには加わっているものの、選手層に関しては最早崩壊寸前、1番元気な香川真司も北京五輪とA代表で不在期間が長いということで、各ポジションの補強が急務であった。
IN
DF 平島 崇→京都サンガF.C(Loan)
07年京都のJ1昇格に大きく貢献するも、J1では出場機会を失った中での獲得。尾亦の長期離脱によって失われたサイドバックの秩序を取り戻す。
DF ジウトン→ジョインヴィレEC(Loan)
ブラジル人C契約ガチャ第2弾。手薄な左サイドバックの選手ということもあり、当初から紅白戦ではサブ組で常時起用されていたとのこと。
MF 青山 隼→名古屋グランパスエイト(Loan)
CHに戦線離脱が続出し、そろそろ黒木をリザーブに入れざるを得ない状況に…?となりそうなタイミングで獲得した、調子乗り世代のボランチ。アレー、ジェルマーノともに調子を落としていた時期だっただけに、期待値はかなり高かった。
また名古屋ではサイドバックで起用されていたとのことなので、本人からしても、心機一転の移籍となった。
MF 乾 貴士→横浜F・マリノス(Loan)
誰もが目を疑った移籍劇。確かに中堅のアタッカーが欲しかったが、この当時(今も)は乾を獲得出来るとは思ってもいなかった。香川が代表ウィーク離脱することが多かっただけに、それに替わるクオリティを発揮出来る選手となれば、例え半年間であっても、乾という選択肢は最高の補強と思っていた。
FW カイオ→アトレチコ・パラナエンセ(Loan)
負傷期間が長い古橋の代役、またカレカ移籍に伴い空いた外国人枠を埋める選手として獲得。
OUT
FW カレカ→湘南ベルマーレ
ある意味2008年を象徴するような選手。セレッソでは全くインパクトを残せずに、夏湘南へ移籍。移籍後初出場が対セレッソのゲーム終盤の途中出場で、移籍後初ゴールとなる決勝点を奪い、その試合限りで湘南を退団という悪魔を見せつけられた。
FW 森島 康仁→大分トリニータ(Loan)
07年、西澤明訓から20番を引き継ぎ、U-20W杯で脚光を浴びる活躍を見せるも、クルピと合わずにベンチ外が続く。移籍志願、セレッソとしても南津守に置いているメリットは少ないということもあり、ACL圏内も射程圏内だった大分への期限付き移籍が決定。翌年からは完全移籍となった。この期限付き移籍は当時かなりの荒れ具合だった。
また名古屋ではサイドバックで起用されていたとのことなので、本人からしても、心機一転の移籍となった。
MF 乾 貴士→横浜F・マリノス(Loan)
誰もが目を疑った移籍劇。確かに中堅のアタッカーが欲しかったが、この当時(今も)は乾を獲得出来るとは思ってもいなかった。香川が代表ウィーク離脱することが多かっただけに、それに替わるクオリティを発揮出来る選手となれば、例え半年間であっても、乾という選択肢は最高の補強と思っていた。
FW カイオ→アトレチコ・パラナエンセ(Loan)
負傷期間が長い古橋の代役、またカレカ移籍に伴い空いた外国人枠を埋める選手として獲得。
OUT
FW カレカ→湘南ベルマーレ
ある意味2008年を象徴するような選手。セレッソでは全くインパクトを残せずに、夏湘南へ移籍。移籍後初出場が対セレッソのゲーム終盤の途中出場で、移籍後初ゴールとなる決勝点を奪い、その試合限りで湘南を退団という悪魔を見せつけられた。
FW 森島 康仁→大分トリニータ(Loan)
07年、西澤明訓から20番を引き継ぎ、U-20W杯で脚光を浴びる活躍を見せるも、クルピと合わずにベンチ外が続く。移籍志願、セレッソとしても南津守に置いているメリットは少ないということもあり、ACL圏内も射程圏内だった大分への期限付き移籍が決定。翌年からは完全移籍となった。この期限付き移籍は当時かなりの荒れ具合だった。
移籍後の9、10月のナショナルウィークではまさかのA代表選出。高原の大不振、田中達也の怪我もあって、苦肉の策の玉田圭司1トップ大作戦をしていたから、岡田監督からしたら藁にも縋る感じではあったのだろう。
ちなみに、これに伴う移籍金が大分の財政を苦しめることとなり、結果的に10年シーズンの移籍市場へと繋がることとなった反面、森島は嫌がらせにあったことも後に語っている。

【2008年シーズン】
モリシの引退試合でまろやかになったが、秋口の失速が大きく響き、最終節で昇格失敗を叩きつけられた。野戦病院化を止められないことはもちろん、香川真司の代表選考が続き、ベストメンバーを組める試合の方が圧倒的に少なかったのも1つの原因。またクルピ氏がGK陣営に大きな不満を持っていたように、ディフェンス陣のテコ入れに関しては、もう少し資金をつぎ込みたかった。
【セレッソ大阪U-18の主な卒業生】
GK 石川 雄一朗
…HONDA FC
MF 面家 康生
…桃山学院大学→MIOびわこ滋賀
FW 中東 優治
…桃山学院大学→アミティエSC
ちなみに、これに伴う移籍金が大分の財政を苦しめることとなり、結果的に10年シーズンの移籍市場へと繋がることとなった反面、森島は嫌がらせにあったことも後に語っている。
大分では2012年シーズンのJ1昇格に貢献し、その後川崎、磐田へと移り、2019年は藤枝MYFCで、J3ベストイレブン級の活躍を果たした。

【2008年シーズン】
モリシの引退試合でまろやかになったが、秋口の失速が大きく響き、最終節で昇格失敗を叩きつけられた。野戦病院化を止められないことはもちろん、香川真司の代表選考が続き、ベストメンバーを組める試合の方が圧倒的に少なかったのも1つの原因。またクルピ氏がGK陣営に大きな不満を持っていたように、ディフェンス陣のテコ入れに関しては、もう少し資金をつぎ込みたかった。
梶野氏は仙台戦後にクルピ更迭を考えていたようだが、継続を選択。幸いにも資金面はある程度確保できるということはもちろん、香川真司も早々に残留表明、乾貴士も完全移籍とポジティブな気持ちで翌シーズンに挑めることとなった。
【セレッソ大阪U-18の主な卒業生】
GK 石川 雄一朗
…HONDA FC
MF 面家 康生
…桃山学院大学→MIOびわこ滋賀
FW 中東 優治
…桃山学院大学→アミティエSC